被相続人が自宅で亡くなるケースが減っており、大半は老人ホームに入居し、そこで亡くなるケースが多いです。

 有料老人ホームは、その入居の際、入居一時金を支払うところが多く、入居年数に比例して償却されていきますが、未償却部分があれば亡くなった際に返還金として返還されます。

 入居一時金については、(1)入居時に入居者以外の者が入居一時金を負担した場合の贈与税の課税問題、(2)入居者が死亡した場合の返還金の相続税の課税問題の2点が論点としてあります。

(1)入居時に入居者以外の者が入居一時金を負担した場合の贈与税の課税問題
 例えば、母が要介護状態で老人ホームに入居することになった場合で、母の預金からは入居一時金が支払えないので、父又は子の預金から入居一時金を負担するようなことがあります。この場合に父又は子から母への贈与として贈与税が課税されるのかという問題があります。
 相続税法第21条の3第1項第2号で扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与税により取得した財産のうち通常必要と認められるものについては贈与税は非課税とされています。
 有料老人ホームの入居一時金は通常「生活費」として認められるため、上記の例のように入居者(母)以外の者(父、子)が入居一時金を負担したとしても贈与税は課税されません。

(2)入居者が死亡した場合の返還金の相続税の課税問題
 次に入居者が死亡したことにより入居一時金等の返還を受けるときの相続税の課税問題です。
 例えば、父が自己資金で入居一時金を支払い、老人ホームに入居した後、父が死亡した場合で、入居一時金等の返還を受けることがあります。契約での返還金の受取人として長男が指定されています。この場合、返還を受けた入居一時金等の返還金は、父の「本来の相続財産」として相続税の課税対象になります。契約では老人ホームの返還運用上便宜的に長男が受取人として指定されていますが、本来の相続財産となるため、遺産分割協議で取得者を決定します。
(注)父に自己資金がなく、子が入居一時金を負担した場合で父が死亡し、子が入居一時金等の返還を受けた場合は、その返還金は父の相続財産には該当せず、子も負担した入居一時金が返還されただけですので所得税の課税も生じません。

 
 このように入居一時金を負担したときの贈与税の課税問題、入居者が死亡した場合の返還金に対する相続税の課税問題もそれほど難しい論点はありません。

 ところが、最近の老人ホームは「2人入居」というタイプがあります。2人入居とは、夫婦2人で入居し、夫婦の一方が死亡しても残った方が引き続き入居を継続できるという契約内容のものです。

 例えば、入居一時金が8,000万円で、父が7,000万円(負担割合7/8)、母が1,000万円(負担割合1/8)を支払って2人老人ホームに入居した場合で、父が死亡した場合に相続税が課税されるのかが問題となります。

2人入居で父が死亡した場合に、母が引き続き入居を続け、入居一時金等の返還を受けないケースでは、父の相続財産として申告する必要はないのでしょうか。
 2人入居のケースで、入居一時金8,000万円、父が7,000万円(負担割合7/8)、母が1,000万円(負担割合1/8)を負担した場合です。
(1)入居時に父から母への贈与税の課税問題
 夫婦間で負担割合が異なったとしても、扶養義務を履行しているにすぎないため、入居時点で贈与税が課税されることはありません。
(2)父が死亡し、母が入居を継続している(父死亡時に返還金の受取りはない)場合の父の相続財産の問題
 父が死亡しても入居一時金は返還されず、残金の償却期間等は母が引き継ぐことになり、父死亡時に返還金を受け取ることがないケースがあります。この場合であっても、父死亡時における入居一時金の未償却部分のうち父の入居一時金の負担割合に相当する額は父の相続財産になります。実際には返還金を受けないため、相続税申告で財産として計上もれの多いケースです。
 父死亡時における入居一時金の未償却部分を6,000万円、その取得者を子とした場合、父の相続財産は6,000万円×7/8=5,250万円となります。
 また、6,000万円×1/8=750万円は母から子への贈与となり、贈与税の対象になります。

 老人ホームの2人入居の場合は、片方が死亡した場合に返還金が支払われないケースがあり、相続財産として計上もれが生じやすいですので注意が必要です。また、相続財産になるのは未償却部分のうち被相続人の負担割合に対応する額となります。